マイクロスコープ精密根管治療と意図的再植の症例
精密根管治療と意図的再植により耳鼻科の手術を免れた症例
こちらは、上顎の歯の痛みを主訴に来院された50代女性の患者さんです。
上の奥歯が咬むと痛くて近所の歯科に行ったところ、「かみ合わせが原因だろう」ということで調整してもらったが、全く改善しなかった。
その歯科で上顎洞炎とも言われて耳鼻科に行ったところ、4ヵ月ほど抗生剤を服用し続けたが、全く効いていないことが判明した。歯を残したいので上顎洞炎の手術ができる耳鼻科にも行ったが、「治るかどうかはわからないけど手術しましょうか?」と言われている。とのことでした。
お口の中を診ると、問題の歯は銀歯が被さっていました。そして確かにかみ合わせをかなり調整した痕がかぶせ物に残っていました。また、歯がだいぶ揺れてもいました。
耳鼻科で撮影したCT画像
耳鼻科で撮影したCT画像を頂いてチェックしてみました。
上顎洞を見てみると、青で囲った右側の上顎洞は洞底粘膜も正常で、黒く抜けています。炎症がないことを示しています。一方、赤で囲った左側は、上顎洞の90%ほどが白く濁っていることが明らかにわかりました。そしてその下にある歯の歯根の尖端部分までつながっていることもわかりました。このことから、左側上顎洞炎の根本的な原因はおそらく問題の歯が原因であろうと考えられました。
【CT画像:断面図】
▼こちらは同じCT画像の横断面です。
わかりやすいように色をつけてみます。青く囲った右側上顎洞はやはり黒く抜けていて正常です。一方、赤く囲った左側上顎洞は横断面で見ても白くにごっています。はっきりした白い部分は問題の歯で、その周囲を黄色く囲いましたが、この黄色の範囲はCT上で黒く抜けていました。つまり、問題の歯の歯根の周囲の骨が、歯根の先1/3の部分において、完全に溶けてしまっていることがわかったのです。
これらのことから、本ケースは治療が非常に困難であることが予想されました。念のため辻本教授にもご相談したところ、抜歯したほうが早いかもしれない、という見解もいただきました。しかし、患者さんの歯を温存したいという強い意向もあって、ダメ元で治療に挑戦することとなりました。
マイクロスコープを用いた精密根管治療の実施
虫歯を除去していきます。既にもともと歯があまり残っていないことから、できるだけやさしく丁寧かつ慎重に虫歯を削りました。そのために5倍速コントラという機械を用いて切削回転数を低く抑えました。これなら時間はかかるものの、不必要に歯を削らない治療が可能です。
紫色のラバーダム(ゴム製のシート)を治療する歯だけにかけて、 歯とのすき間を特殊な薬剤で封鎖します。 そして、全身の手術と同じようにヨードにて術野を できる限り滅菌します。 ※歯の一部やその周囲が茶色く見えているのは、 その消毒薬の色です。
根管充填後のレントゲン写真です。無事に歯根の先端部分までMTAセメントを緊密に充填できていることが確認できました。ただ、元々の状態が非常に悪かったことから、できるだけ安静にして治りを促進するためにすぐに歯を作らず、経過を観ていくことにしました。
意図的再植の実施
意図的再植:症状の改善のため、意図的に一度歯を抜いて再植する処置。歯の根に大きな病巣があったり、通常の根管治療では改善ができなかったりする場合など、一度歯を抜き、細菌感染部分や病巣の除去、歯根の修復など、必要な処置を行ってから元の場所に戻します。
歯を折らないよう、優しく力をかけながら慎重に歯を抜いたところです。歯根の表面にある歯根膜細胞を破損しないよう、生理食塩水を含ませたガーゼで常に湿潤状態にしておきます。そして抜歯した歯を観察すると、歯根の先にあるはずの歯根膜が無くなっていることがわかりました。長期にわたる炎症のためと考えられます。
抜歯した穴から上顎洞に向かって、肉芽組織が存在していることがわかりました。上顎洞を不必要に刺激しないように注意しつつ、肉芽組織をはがし取りました。その結果、大小2つの肉芽組織が出てきました。一部白くなっており、しかも通常より硬くなっていました。
仮歯を装着してから2ヵ月後。症状が落ち着いて、問題なく噛めることを確認し、最終的なかぶせ物を装着しました。なお、元々の歯の状態が悪かっただけに、将来どこまで歯が持つかは全く予測できない部分があります。そのため、かぶせ物も費用を最小限に抑えたいという患者さんのご希望で銀歯を選択されました。
年齢/性別 | 50代女性 |
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治療期間 | 1年5ヵ月 |
治療回数 | 22回 |
治療費 | マイクロスコープ根管治療79,200円(税込) MTAセメント加算 23,100円(税込) ファイバーコア27,500円(税込) 再植術110,000円(税込) 金銀パラジウム合金クラウン34,000円(税込) |
リスクなど | ・根管治療した歯が再度炎症を起こす可能性がある。 ・意図的に抜歯する際、歯根が破折するリスクがある。 ・再植した歯が定着しない場合や、定着しても歯根吸収や炎症の再発が起きる場合もある。 ・上顎洞炎が治らない場合もある。 |